歴史

阿伎留神社

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住所:あきる野市五日市1081

創立起源は不詳。平安時代初期の法令「延喜式」巻九には、新年の国幣にあずかる諸国の神社名が列記されていますが、その武蔵国多摩郡八社の筆頭に挙げられている「阿伎留神社」が当社であると伝えられています。これは、当社が古来武蔵国内では、著名な社であったことを示すものでしょう。また同じく平安時代の正史『三代実録』には、位のほかに勲等を授けられた旨が記載されています。
関東鎮護の神として、源頼朝、足利尊氏、徳川家康など、日本の歴史を彩る多くの名将たちにも崇拝されたという古社でもあります。
毎年9月28日から30日までの3日間行われる祭礼には、百貫を超える六角型の神輿(みこし)が繰り出し、勇壮に練り歩きます。

広徳寺

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住所:あきる野市小和田234
臨済宗建長寺派、龍角山。秋川南岸の秋川丘陵の小高い麓にある鎌倉五山建長寺の末寺です。寺伝によると、明徳年中(1390~1394年、室町時代の始め)、正応長者という人の妻(法名龍応智雲尼)が開基し、応永10年 (1403年)前建長寺住職が開山したといわれています。
天文年間(1532~1555年)、小田原北条氏の氏康が寺領を寄進して再興しました。
東京都の史跡に指定されている広い境内のほか、東京都指定天然記念物のカヤ、タラヨウ、あきる野市指定文化財の総門・山門などがあります。

大悲願寺

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住所:あきる野市横沢134

大悲願寺は、建久2年(1191年)、源頼朝の命により平山季重が建立した一宇を開創としています。本堂は元禄8年(1695年)8月。高尾村左衛門次郎久重ほか12名の大工と14名の木挽によって建築されたものです。書院造り風の方丈系本堂で、屋根は入母屋造り、瓦葺型銅板葺きとなっています。内部は六間取(むつまどり)形式で、規模は桁行柱真々23.84メートル 梁間柱真々13.42メートル、面積319.93平方メートルです。
特に内部は旧規をよく保っており、方丈系本堂建築としてこの地方の代表的な建物の一つです。
国の重要文化財『伝阿弥陀如来三尊像』や東京都の文化財指定を受けている『大般若経写本』が保存されているほか、境内にある白萩は、仙台藩主の伊達政宗が所望する手紙(東京都有形文化財『大悲願寺文書〔(通称)白萩文書〕』)を送ったことでも有名です。

五日市憲法草案

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寛永5年(1852年)、仙台藩士の子として伊豆野(志波姫町)に生まれた  千葉卓三郎が、明治13年、五日市勧能学校の教師を勤めるかたわら、五日市町の青年とともに、全国的に自由民権運動の盛んな中、自分たちの手で憲法をつくる事を考え、激しい勉強の末、天賦の人権思想を基調とする、204条の憲法草案を書き上げました。
昭和43年、東京経済大学色川大吉教授により深沢家(深沢)の土蔵から発見されたこの憲法草案は、「五日市憲法草案」と名付けられました。
現日本国憲法(103条)の約2倍弱の204の条文から成り、その多くを国民の権利の項に割いていることが特徴として挙げられます。
全国的にも明治の民権運動の貴重な遺産として高く評価されています。